この事例の依頼主
70代 女性
相談前の状況
70代の女性が、胃癌のⅣ期で発見され、発見後約半年で亡くなりました。遺族は、「3年間も病院に通って薬をもらっていたのに、手遅れになるまで胃癌が発見されなかったのはおかしいのではないか」との疑問から相談に来られました。
解決への流れ
女性に処方されていた薬は、アシノン(H2ブロッカー)、オメプラール、タケプロンOD(プロトンポンプ阻害薬)という、いずれも胃潰瘍の薬でした。これらの薬剤の添付文書には、「本剤の投与で胃癌による症状を隠蔽することがあるので、悪性でないことを確認のうえ投与すること」、「本剤の投与が胃癌、食道癌等の悪性腫瘍及び他の消化器疾患による症状を隠蔽することがあるので、内視鏡検査等によりこれらの疾患でないことを確認すること」、「維持療法中は定期的に内視鏡検査を実施するなど観察を十分に行うことが望ましい」といった注意事項が記載されています。それにもかかわらず、処方した病院は一度も内視鏡検査を実施していませんでした。病院は、「添付文書の注意事項は胃潰瘍や逆流性食道炎に対して処方する場合であって、本件の場合、単なる胃炎に対する処方なのであてはまらない」、「これらの薬が胃癌の症状を隠蔽するというエビデンスはない」などと争いましたが、最終的には裁判所の和解勧告を受け、死亡慰謝料相当額で訴訟上の和解が成立しました。
医師が、薬剤の添付文書の注意事項を遵守して内視鏡検査を実施していれば、より早期の段階で胃癌が発見できたと考えられるケースです。病院は、こういった使い方は珍しくないのだと再三、主張しました。おそらく、実際にそうなのでしょう。ということは、同じような経過で癌の発見が遅れるケースも相当あるのではないでしょうか。しかし、そういった症例が医学雑誌に報告されることは、まずありません。さらに、胃癌それ自体は薬剤の副作用ではないので、薬事法(現薬機法)上の副作用報告制度では報告されることもありません。つまり、「これらの薬剤が胃癌の症状を隠蔽することがある」という添付文書の記載については、性質上、エビデンスが蓄積されることは期待できないのです。このような事案の再発防止のためには、「医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」という平成8年1月23日最高裁判決の趣旨を、医療現場に徹底させることが必要だと思いました。