この事例の依頼主
50代 女性
相談者は、慢性中耳炎で受診した近所の耳鼻科で両耳鼓膜穿孔を指摘され、鼓膜形成術のため相手方病院を受診しました。病院の担当医は、手術前に備えて鼓室の腫れを引かせるため、眼・耳科用リンデロンA液(当時)を処方、両耳に1日3回点耳するよう指示をしました。相談者は点耳開始後数日後から聴力の低下を感じ、担当医にその旨を訴えていましたが、まともに相手をしてもらえませんでした。使用開始から36日目、相談者の聴力は、ふつうの会話に差し支えるほど低下していました。この日の診察に当たった医師はさすがにそれに気がつき、聴力検査を行った結果、高度感音性難聴となっていることが判明しました。調査・交渉段階では別の弁護士が担当しており、いよいよ提訴するという段階で、その弁護士からの要請で共同受任することになりました。
当時の眼・耳鼻科用リンデロンA液の添付文書には、「重大な副作用」の筆頭に「非可逆的な難聴」と記載されていました。また、使用上の注意として、「鼓膜穿孔のある患者には慎重に使用すること」、重要な基本的注意として、「長期間連用しないこと」、「本剤使用中は特に聴力の変動に注意すること」と記載されていました。この病院は、このような薬剤を、一度も聴力検査を行わないまま、しかも患者の訴えを無視して、36日間連用させ、高度感音性難聴を発生させてしまったのです。裁判では、リンデロンAの耳毒性に関する文献を多数提出し、「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」という平成8年1月23日最高裁判決の枠組みで病院の責任を主張しました。病院側は、「36日間は長期とはいえない」、「難聴とリンデロンA液投与との関係は不明」として争いましたが、一審、二審とも患者側の請求が認容され、確定しました。
一審判決は、判例時報1837号、判例タイムズ1167号に掲載されています。この事件が起こった当時、「鼓膜穿孔のある患者には慎重に使用すること」とされていた眼・耳科用リンデロンA液の添付文書は、一審係属中に、「鼓膜穿孔のある患者には使用禁忌」と改訂され、さらに控訴審係属中には耳科領域の効能自体が削除され、点眼・点鼻用リンデロンA液となりました。この事件の影響があったのかどうか、わたしには分かりませんが、もしそうであるとするならば、同種事故の再発防止に大きな役割を果たしたことになります。患者側弁護士としてこんなに嬉しいことはありません。